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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2815号 判決 1987年1月28日

控訴人 コーポランド建設株式会社

被控訴人 国

代理人 窪田守雄 吉村剛久 ほか一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における予備的請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  双方の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し金二五一四万四五〇〇円及びこれに対する昭和五八年一二月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え(請求の減額)。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言

(当審における予備的請求)

1  被控訴人は、控訴人に対し金五一四万四五〇〇円及びこれに対する昭和五六年八月一一日から完済まで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被控訴人の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨並びに予備的請求につき予備的に担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者双方の主張は、次のとおり付加、補足するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  控訴人

(一)  印影の相互対照義務について

申請書添付の登記済証に顕出されている登記済印等の印影が不真正であることを審査することは、登記官の当然なすべき調査義務であり、この調査は、庁印の印影自体から、または真正な印影と対照してなすべきものである。肉眼により近接照合してその彼我同一性を判別し、疑わしい場合には、さらに拡大鏡を使用し、あるいは両者を重ね合わせたうえ照明透視するなどにより確度の高い精密な方法を用いて検査を尽くすべきものであり、この義務は、事務量のぼう大、多忙を理由には減免されるものではない。

被控訴人も、当初は、偽造分の印影と真正な印影との肉眼による近接照合を当然の前提として主張を構成していたが、本件登記官が右近接照合を行つていないことを釈明した後に、近接照合は疑義が生じた場合のみ行うをもつて足りる旨主張を変更したものである。

(二)  登記済の印影について

1 全般的状態

真正分の印影は朱肉を使用して印判を押捺したものであるのに対し、偽造分の印影は赤さびた色を「すりつけた」ような状態で、全体が極めて不鮮明で、しかも随所に「ヨゴレ」の状態が存在し、印判を押捺したものではなく、真正分との決定的かつ本質的な相違を示している。

そもそも登記済証を偽造する者は、真正登記済印に酷似した偽造印を作成使用するのが通常であるから、真正分と偽造分とを見分ける重点は、いきおい、各印影の色、状態などの全般的状態が重要な資料である。

本件の場合、実際に偽造分の印影と真正分の印影との対比照合を行いさえすれば、両者の印影の色、状態などに決定的かつ本質的な違いがあることが一見して当然気付いたはずである。

西沢登記官が右のような状態の偽造分の印影を「真正な印影の色が薄れたもの」と感じたり、「ヨゴレ」の状態を「印にゴミがついたままで押捺した場合」のものと証言しているが、これが偽造であるためであることを見分けることができなかつた原因は、登記官としての当然の注意義務を尽くしていなかつたためである。

2 個別的状態

「受付」の二字についての相違点は、実際に真正印の印影と対比し肉眼で照合しさえすれば直ちに判明する。

(三)  契印の印影について

1 全般的状態

偽造の印影と真正な印影との相違は、右述のとおり、色の変化あるいは印判のゴミの付着などとは全く関係なく生じたもので、また「用紙の落差」に起因するものでもない。

2 個別的状態

真正な印影と偽造の印影に関する既述(原判決事実摘示)の各個別的相違点は、近接照合を行いさえすれば容易に気付くものである。

(四)  因果関係

1 登記官が本件登記済証が偽造されたものであることを看破して本件登記申請を却下していれば、控訴人が納付した登録免許税相当額五一四万四五〇〇円は、所定の手続を経て控訴人に還付されるはずであつたのに、登記官の過失により本件登記申請が受理されて登記がなされたため、控訴人は右登録免許税相当額の還付を受けられなくなつたから、登記官の過失と本件損害との間には相当因果関係がある。

2 登記官が同様本件登記申請を却下していれば、控訴人は、自称倉石昇に交付した小切手の各受取人の取立銀行における預金約二六〇〇万円を直ちに差押さえるなどして支払済金員を回収できたところ、控訴人は、右登記が経由されたことを信頼して右回収措置をとらずその回収ができなかつたのであるから、登記官の過失と支払済金員相当額の損害との間には相当因果関係があり、控訴人は本訴訟において損害額のうち、登録免許税相当損害金五一四万四五〇〇円及び詐取された金員相当損害金のうち金二〇〇〇万円を請求(請求の減縮)する。

(五)  当審における予備的請求原因

1 被控訴人は、昭和五六年八月五日、本件土地について控訴人を権利者とする本件登記申請の登録免許税額として金五一四万四五〇〇円の納付を受けた。

2 本件登記申請書に添付されていた本件土地の登記済権利証は偽造されたものであつたから、同申請を審査した千葉地方法務局所属登記官は、不動産登記法四九条により、これを却下すべきところ、右偽造を看過して無効の登記をした。本件登記は、控訴人を被告とする抹消登記手続請求事件の確定により昭和五八年五月二四日抹消された。

3 本件登記申請が却下されていれば、登録免許税法三一条一項による登記機関からの通知に基づき納付済の登録免許税額相当額は過誤納金として同条六項所定の手続によつて年七・三パーセントの割合による加算金を付して登記申請者に還付されていたのであるから、本件の場合、被控訴人は、却下処分のあつた場合に準じて登録免許税相当額五一四万四五〇〇円を返還すべきであるのに、これを返還せず不当に利得している。

4 よつて、控訴人は、被控訴人に対し右不当利得金五一四万四五〇〇円及びこれに対する本件申請の却下処分をすべきであつた昭和五六年八月一一日から完済まで右還付加算金と同率の割合による利息の支払を求める。

5 被控訴人の主張に対する控訴人の反論

(1) 控訴人は、自称倉石昇らに欺罔されて偽造登記済証などを真正なものと誤信して貸付金名下に現金及び小切手計一億八〇〇〇万円を騙取されたもので、その中から本件登録免許税が支出されたのであるから、実質的には控訴人がこれを納付したものである。

(2) 控訴人は、偽造登記済証を真正なものと誤信していたため、これを添付した申請書によつて有効な登記がなされるものと思つて本件登録免許税を納付したのであつて、「無効の登記」をしてもらうためではないから、本件登記は控訴人らの申請どおりなされたものではない。

(3) 本件は、「申請書に添付すべき登記済証を欠いていた」つまり「申請書ニ必要ナル書面ヲ添付セザルトキ」(不動産登記法四九条八号)に該当するから、真正登記済証を添付するか、これに代わる措置がとられない限り、その申請は絶対に無効であつて、かかる場合、符合する実体関係の存否いかんによつて有効となる余地はなく、これを看過してなされた登記は形式的有効性も欠いている。本件は、本来、登記官が不動産登記法四九条八号に基づき申請を却下すべきものであつたのであり、同法一号、二号に違背した登記の場合と同様、納付済の登録免許税は、過誤納金として却下の場合に準じて還付されるべきである。却下された場合との不均衡は明らかで、その是正が図られるべきである。

二  被控訴人

(一)  登記官の注意義務に関する原審の判断は相当である。

登記官の審査すべき範囲は、申請のために提出された書面のうえから、その書面の形式的真否を審査すべきものとされており、その実体的真否までは及ぶものではなく、書面審理が原則であるから、真正なることの積極的心証を得る心配はなく、ただ明白に偽造の疑いがもたれるようなものは見逃さないだけの注意を払うことで足りる。更に、登記済証の公印の印影の相互対照といつても、必ずしも容易ではなく、登記官は大量の登記申請を迅速に処理しなければならない上に、殆どの申請が当事者の真意に基づいてなされている等の事情を考慮されなければならない。

本件は、提出された登記済証の各印影の観察等によりその真否に疑問の余地があり肉眼による近接照合を行いさえすれば登記済証等の添付書類が不真正であることを容易に看取し得た、という場合ではないから、登記官には過失はない。

(二)  本件登記済印及び契印の相違について

本件偽造登記済証に押捺された登記済印及び契印の印影は、いずれも極めて精緻、巧妙に偽造されたもので、いずれも仮に近接照合したとしても、これが偽造されたものであることを推知せしめる資料とはなり得ない性質の相違ないしは近接照合しても容易に識別できない程度の相違である。したがつて、登記官が本件登記済証の観察によつてその真否に疑念を差し挟まず、そのため各印影の近接照合をも行なわず、右相違を看過したとしても、これをもつて登記官に過失があるとはいえない。

西沢証人の証言も、控訴人の指摘とは異なり原判決の認定に沿うものである。

(三)  因果関係の不存在について

控訴人は、自らの過失により自称倉石昇らを真実権利者であると誤信したうえ、同人らが持参した偽造の登記済証等登記申請に必要な書類を自ら真正なものとして司法書士を介して千葉地方法務局に提出して本件登記申請をなし、その結果、実体関係に符合しない本件登記がなされたもので、本件支払金員等は、本件登記の前日、相手方から前記必要書類と引き換えに、したがつて、本件登記申請が受理されたこととは無関係に相手方に交付された。更に本件登記費用は自称倉石らにおいて負担する約束になつており、相手方において本件支払金員等の中から本件登録免許税相当額五一四万四五〇〇円が司法書士に交付され、その目的は、控訴人が自らなした登記申請が受理され申請どおり登記されたことによつて達成された。

以上のとおり、登録免許税相当額を含む本件支払金員等にかかる損害は、専ら控訴人の責任においてなされた行為に基づき発生したものであつて、本件登記官が本件登記申請を却下しなかつた行為との間には相当因果関係がない。

なお、控訴人が自称倉石に交付した小切手の各受取人の取立銀行に本件登記申請受理決定後も存在した預金残高を差押さえるなどして支払金員を回収しえたと認めうる証拠はない。

(四)  予備的請求原因に対する答弁

1 同1の事実を認める。

2 同2のうち、本件登記申請書に添付されていた本件土地の登記済権利証は偽造されたものであつたこと、千葉地方法務局所属登記官が本件登記申請に基づき登記をしたこと、本件登記が控訴人が被告とする抹消登記手続請求事件の確定により昭和五八年五月二四日抹消されたことを認め、その余の事実を否認する。

3 本件登記申請が却下されていれば、登録免許税法三一条一項による登記機関からの通知に基づき納付済の登録免許税額相当額は過誤納金として同条六項所定の手続によつて年七・三パーセントの割合による加算金を付して登記申請者に還付されること、被控訴人が控訴人に対し右登録免許税相当額を返還していないことを認め、その余を否認する。

4 同4を争う。

5 被控訴人の主張

(1) 登録免許税の還付は、その納付義務者である登記申請人に対してなされるところ、共同申請による場合は一般には双方と解されているが、当事者間で具体的な納付義務を別に定めた場合は、その具体的納付者が還付金の受領者となるべきものである。

本件登録免許税は、既述のとおり控訴人と自称倉石昇との間の契約により同人が負担して納付したものであるから、控訴人にはその主張の損害が生じていない。

(2) 本件登録免許税は過誤納金ではなく、被控訴人がこれを収納したことについては法律上の原因がある。

登録免許税は、登記を課税物件とする租税であり、その納付義務は、登記の時に成立し(国税通則法一五条二項一四号)、成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する(同条三項六号)。そして、納付された登録免許税が還付されるのは、原則として、登記の申請が却下されたとき、その取下げがあつたとき、過大に登録免許税を納付して登記を受けたときに限られる(同税法三一条一項)。

ところで、本件登記申請書に添付されていた登記済証が偽造されたものであつて、仮に本件登記官が本件登記申請の審査にあたり右偽造を看破していた場合には、同申請は、不動産登記法四九条八号の規定により却下されていたものであること、かかる意味では本件登記は実体関係に符合しない無効な登記であつたことに鑑み、かかる登記が登録免許税法二条、三条にいう「登記」に当たるかを検討する。

一般に、登録免許税は、流通税の一種で、登記・登録等を担税力の間接表現としてとらえ、これ(登記等)を課税の対象とする租税である。したがつて、前記登記申請の却下等の場合は、登録免許税を課する根拠がなく、また不動産登記法四九条一号・二号に違背した登記は、絶対的に無効と解されており、登記により受ける利益も存しないことが明白であるから、登録免許税法二条・三条の「登記」に当たらず、登録免許税の納付義務も生じないが、前同法四九条三号ないし一一号に違背した登記は、絶対的に無効のものではなく、これに符合する実体関係の存否いかんにより有効となる余地があるもので形式的有効性は具備された登記であるから、登録免許税法二条・三条の「登記」に当たる。元々登記の登録免許税は、その対象の多量性、集団性、処理の迅速性さらには登記官の審査が登記申請の形式的適否を審査するものであること等の特質に鑑みて、形式的外観的に表示される登記の時点をとらえ、その登記からいわば抽象的な利益の存在を考えて画一的に課税せざるを得ないものである。

すなわち、登録免許税は、かかる意味で抽象的にとらえられた登記を受ける利益の存在に着目して課税する性格を有するものである。

かくして、実体上の権利を伴わない登記であつても、形式的有効性を有する登記は、すべて登記を受ける利益があるものとして登録免許税が課せられるのであつて、事後に実体上の権利関係に符合しないとして抹消されたとしても、登録免許税は還付する必要はない。

本件は、不動産登記法四九条八号に違背する登記であるから、登録免許税の課税要件を充足し、納付義務が発生しているのであるから、登記申請人である控訴人にその還付請求権が発生する余地はない。

第三<証拠略>

理由

一  当裁判所は、控訴人の本件各請求はいずれも理由がないものと判断するものであるが、その理由は、控訴人の主位的請求については、原審が、登記官に過失がないとして詳細判示した原判決理由と同一であるから、これをここに引用する(当審における補充主張も、原審で主張した論旨以上に出ない。)。

そこで当審における予備的請求について検討する。

不動産登記法四九条一号、二号に違背した登記は、それが実体関係に符合するか否かを問わず絶対的に無効であつて、登記官が同法一四九条の規定により職権抹消しうるものであるから、登記により受ける法律上の利益もないことが明白な登記といいうる。したがつて登録免許税法二条・三条にいう登記には該当せず、登録免許税の納付義務も生じない。

しかしながら、不動産登記法四九条三号ないし一一号に違背した登記は、絶対的に無効ではなく、それに符合する実体関係の存否いかんによつては有効となる余地があり、形式的有効性は具備された登記であるから、登記により受ける法律上の利益がないとはいえず、登録免許税法二条・三条にいう登記に該当する。登録免許税法は抽象的に登記を受ける法律上の利益がある登記であればこれを課税対象としていると解されるから、たまたまかかる登記が事後に実体関係を伴わない登記であるとして抹消されたとしても、登録免許税の納付義務に影響はなく、還付されることはないのである。

これを本件についてみるに、控訴人の主張は、登記官は不動産登記法四九条八号により本件登記申請を却下すべきものであつたというにすぎないから、本件登記が絶対的に無効となることはありえないところ、原判決の理由説示二1、2のとおり、本件登記申請の受理につき登記手続上問題とすべき点はなく、その後に実体上の原因の不存在を理由に本件登記が抹消されることがあつても、登録免許税の過誤納の問題を生ずる余地はないというべきである。したがつて、その余の点を判断するまでもなく、不当利得は成立しない。

二  してみれば、控訴人の主位的請求について右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がなく、控訴人の当審における予備的請求も理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇 時岡泰 山崎健二)

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